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個性ってめちゃめちゃ出るよね。SunoAIで作る音楽のお話とYouTube

今回はいろんな話題を徒然なるままに書き綴っていく雑多な記事です。
最近、AI音楽ガチ勢はセンスがないというポストで、ちょっとだけ自分のXの周りでは話題になっていたけど、そのポストよりも私はそこにコメントしてる人らの言葉の方が意地が悪いなぁと感じた次第。

ブログやアフィリエイトが流行ってた時代もそうだったけど、これだけで〇〇万円稼げる! みたいな情報商材屋が荒らすから、印象が悪くなる。
個人的にこれの再来でAI界が荒れる上にとにかく毛嫌いが加速すると感じる。

AI音楽、なぜ嫌われるのか

AI音楽が嫌われる理由って正直いろいろあると思う。
著作権の問題とか、アーティストの仕事を奪うんじゃないかとか、まぁそこはそこで議論すべき大きなテーマだと思う。
実際、全米レコード協会(RIAA)がSunoを著作権侵害で訴えていたり、一方で2025年末にはワーナーミュージックとSunoが提携を発表したりと、業界自体がまだ揺れてる最中。

ただ、個人的に一番「あぁ、またか」と思うのが情報商材屋の存在。

「こんなに簡単にAI音楽で〇〇万円稼いだ!」みたいな触れ込みで煽る人が出てきて、蓋を開けてみれば実際は音楽で稼いだんじゃなくて「稼ぎ方を教える」ことで稼いでたっていう、もう何度見たか分からないパターン。ブログブームのときも、仮想通貨のときも、NFTのときも、そしてAIでも。
新しいものが出るたびに群がって場を荒らして、結果「AI音楽=胡散臭い」みたいな空気だけが残る。昔から変わらないこの構図。

正直、純粋に趣味で楽しんでる人たちが巻き添えを食っていると思う。

ヘンテコな曲を作る自由

AI音楽には似たようなメロディやコード進行が多いという傾向はある。
「Sunoの生成物は技術的に優れてるけど、凡庸で反復的になりがち」って指摘があるくらいで、AIが学習データを平均化した結果、無難な曲は得意なわけです。

自分の話をすると、音楽はそれなりに数多く聴いていて、趣味レベルだけど楽器も弾く。
じゃあSunoで何を作ってるかというと、風変わりな歌詞や曲をあえてよく作る。

型にはまった「いい感じの曲」はAIに任せればそれっぽいのがすぐ出来るけど、だからこそ、せっかく自由に細かく指定できるんだから、自分の中の「なんか変だけど面白い」を形にしたい。
ジャンルを混ぜたり、あえてセオリーから外れた展開にしたり。それが楽しいから続けている。
実際のバンドがやろうとしても、ポップな電子音なのに、間奏だけメタルとか、フォークとか奏者誰がやるの?とか楽器や機材をそのために用意したり、結構無茶だと思う。
しかしAIだとお構いなしにできるんだよね。

ただ、自分に対して「センスはあるのだろうか?」って言葉がふと頭をよぎることはあるし、ちょっと億劫になる瞬間は正直ある。

でもまぁ、どんなプロンプトを書くか、どのジャンルを選ぶか、生成された候補からどれを採用してどう仕上げるか。結局そこに自分の「好き」や「こだわり」が全部出るので、ツールが同じでも出来上がるものが全然違うのは、使う人の選択が違うから。
Jpopと書けばJpopはボタン一つでガチャは出来るけど、さらに突き詰めるとプログラムを書くのと変わらない。

YouTubeに上げるなら、動画にもこだわりたい

作った曲をYouTubeに上げるとき、自分はなるべく動画にも手をかけるようにしている。

考えてみてほしい。YouTubeって動画媒体でしょう。せっかくそこに公開するのに、静止画一枚ぺたっと貼って音だけ流すのって、ちょっともったいない。 1曲だけなら3分前後、という単純な考えから、ド素人ながら動画生成や動画編集にもコストと時間を割いています。

最近はこういう本を買ってちゃんと勉強したいなとも。

AI音楽界隈でも映像と音楽の両方を作ってMVとして完成させている人が増えていて、あるクリエイター同士の対談記事では「映像がカッコいい人は音楽もカッコいい」「ボカロカルチャーに近いものを感じる」なんて話も出ていた。映像も音楽も、結局はその人のセンスや個性が反映されるってことなんだと思う。

もちろん最初からうまく出来るわけがない。自分の過去の動画を見返すと「うわぁ…」ってなることもあるし、でもそれでいい。練習もかねてやってるわけだし、やらなきゃ上手くならない。
最初から誰もが上手なわけではないんだから。

他の人の作品に「センスがない」なんて感じたことがない

ここはちょっと声を大にして言いたいんだけど、周りの同じ趣味の人が公開した曲や動画を聴いたり観たりして、「センスがないなぁ」と感じたことが一度もない。
本当に一度も。

むしろ、その人の個性や工夫が確実に出ていて驚かされることの方が圧倒的に多い。
「この人こういうジャンル好きなんだ」とか「こういう歌詞の世界観を持ってるんだ」とか、同じSunoを使っていても出来上がるものは十人十色。
プロンプトの書き方、歌詞のセンス、選ぶジャンル、動画の作り方。
全部にその人らしさが出る。

同じツールを使っていても個性は消えないし、むしろツールが手軽になったことでその人の「好き」や「こだわり」がダイレクトに作品に出る。
参考になることも多いし、単純に刺激を受ける。

でも、プロのカリスマには敵わない部分もあるよね

ここまで書いておいて身も蓋もないことを言うけど、最終的にはやっぱり、プロのアーティストが持つカリスマ性のウェイトって大きい。

好んで見に行く、何度も何度も聴く、その人自身を見に行くとなると、正直AI音楽にはちょっと厳しいところがある。これは別にAI音楽を否定してるわけじゃなくて、単純に「人」の魅力ってものすごく強いという話。ライブに行って生で感じる空気感とか、そのアーティストの人生が滲み出る歌声とか、そこにはまだAIが追いつけない何かがある。

業界的にも、プロのアーティストが人間性や物語性で勝負する領域と、BGMや広告向けにAI音楽が活用される領域に分かれていく流れがあるらしい。要はフィールドが違うということだと思う。

だからこそ、趣味で楽しむ場所ではもっと気楽でいいんじゃないかと思う。プロと競う必要はない。自分が作りたいものを作って、それを共有して、同じ趣味の人と「いいね」って言い合える。それで十分じゃない?

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